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看取る

私の父が1月16日に亡くなりました。
享年75歳。
死因は肺炎。肺繊維症だった父。。間質性肺炎から誤嚥性肺炎になり、何も食べれない状態でターミナル看護を受けていました。

14日。朝に実家から急変の連絡が入り、急いで仙台へ。
向かっている途中、心停止があったりと看取ることは出来ないかなと半分諦めつつ向かうも、父は頑張ってくれていました。

話すことは出来なかったけれど、意識がないと言われていたのに対し、父は精一杯答えてくれました。

来たで。の言葉に笑顔になり、話し掛ければ握った手を力強く握り返してくれたし。
苦しいやろうに、娘への最期の強がりやったんかな。。。と今になると思います。

息を引き取る直前。急に目を開けて私の顏を見てから、大きな声を一瞬上げ、呼吸停止。父を呼ぶと少し帰ってくる。そしてまた行ってしまう。

家族で話し合って、苦しまないようにって無理な延命処置はしないことにしていたけれど、やはり辛い。



モニターが運ばれてきて、父が遠くへ行くのを目の当たりにされ。
0になったときのあの音が今でも忘れられません。
泣いているのに、それでもなんか他人事のように(テレビみたい。。。)って思ったり、違う人ちゃう?って思ったり。



父を見送ってからも色々パタパタしていたのでまだ実感がないのですが、父が最期にみた人が私でよかったと思います。



どうしても女の子が欲しかった父。私が生まれ、溺愛されていました。母に疎まれるほど。


色んな形はあれど、私は最期まで愛されていたのだろう思います。だから、最期を看取れるように頑張ったのだと思います。



これからは先に旅立った兄が父の面倒を見てくれることでしょう。


人を看取るということがこんなに辛いとは思わなかったけれど。お友達が話してくれた「親は死に目を見せることで最期の躾をする」という言葉がよく分かります。

優しさの意味。私は一人ではないという、色んな人に助けられて生きていられるという感謝。



これから徐々に重くのし掛かってくるのだろうけれど。少しずつ消化していこうと思います。
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by oopsphoto | 2016-01-26 14:44 | photo
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